隠れてていいよ

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ソラヲト9話 普通のお話

最近ソラヲトは深く感情移入ができない事が多いです。具体的には、時折個々のキャラクターについて掘り下げられる時です。リオ先輩がふっと過去の事を思い出したり、クレハが自分の境遇を語りだしたり。その一瞬一瞬ではあぁそうなのかー、と思うのですが、その次に繋がらない感じ。
確かに9話でのクレハが言った「いい?親がいない子供は普通の子よりしっかりしていないといけないの。みんなに迷惑かけたら、やっぱりって言われるの」というセリフはグッと来るものがあります。しかしこのシーンから、クレハの事を「あぁ、クレハはこんな過去を持っていて、いつもこんな思いを抱きながら生活をしていて、本当にもうどうしようもないくらいイイ子だなー」と一瞬は思っても、そこから先がないんです。先がないというのは、クレハというキャラクターにずっと感情移入が出来ない、クレハというキャラクターがそこでとりあえず終わってしまう、ということです。これはクレハに限らずなんですが、キャラクターが勝手に動いていて、それをぼーっと眺めてるだけになっている感じ。伝えにくいのですが、ソラヲトはこんな感じで、何故かもやもやしています。
こんなもやもやを抱えながら見ているもんですから、本来楽しめるものも楽しめなくなっている模様。次回も公式のあらすじを見ている限りではリオ先輩のシリアス話のようです。面白いけれど面白くない、楽しんでいるんだけど楽しんでいない、矛盾してるんですがこういった感想を最近は持ってしまいます。
ちょっと暗い事ばかり書いたので、最後に9話で印象に残ったことも。9話では、クレハの尊敬していたクラウスはクラウスではないと分かりました。今回は台風が直撃し緊急事態に陥ったわけですが、クラウスとクレハの対比が心痛みました。クラウスはクラウスではないんです、砂漠の狼と呼ばれたクラウスではない。だから、そのクラウスが本物のクラウスであろうと演技をしているシーンはズキッときましたし、またセイヤくんをたしなめるシーンはクレハも孤児であったというのを抜きにしても本来はクラウスの仕事であったのかなと思いました。
最終的にはクレハの中では、クラウスはやっぱりクラウスだった、という結論を出すのですがそれでも全体を通してそういったシーンはズキズキくるものがありました。装うっていうのはしんどいことですよね。