隠れてていいよ

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キャラへの価値観が頻繁に変化するアニメはキャラ萌えアニメに多いのではないか ― そらのおとしものから考える ―

デルタ(アストレア)さんのドヤ顔が可愛いたった1つの理由

御存知の通り、アストレアさんは近接戦闘には優れていますがその分演算能力が低いために、いわゆる「バカ」設定キャラです。4話では、智樹を潰してやろうと、雪玉を大きくしたはいいけれど、投げつける手前で躓き自分で押しつぶされるという、ドジっぷり。

私、出来るんですよ!っていう自信とは正反対の実力、そのギャップが「あぁ、デルタ(アストレア)さん可愛いなぁ」と漠然と思ってしまう理由なんです。

性的な意味で可愛い、キャラ的な意味でかわいい。イカロス、ニンフ、アストレアは皆、性的とキャラ的の間で揺れており、それが魅力でもあるのですね。この考え方は、この作品に限ったことではありませんが、そらのおとに関しては特にシックリきます。

例えばある作品をキャラ萌えアニメと認識した時というのは、「キャラが可愛い!」の中に多少の「性的」なエッセンスを求めているのではないかなぁと。

キャラへの価値観が頻繁に変わるアニメというのは、キャラ萌えアニメに多いのではないかと漠然と考えていますが、どうでしょうか。ちょっと飛躍しすぎかなぁ…。

キャラへの価値観の頻繁な変化