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隠れてていいよ

主にアニメや漫画の感想を書いています

『さよなら絶望先生』が終わって、ぼうっとしてしまった

本記事は漫画『さよなら絶望先生』の最終回までのネタバレを含みますので、ヤマカムさん風に言うと「まだ読んでいない人は今すぐ原作を全巻集めて且つ、ここ6週くらいのマガジンを読めるところを探して全部読むべきである」。




この記事では、別に考察とかはしません。それは誰かに任せます。

というか私は絶望先生に限らず、あんまり中身を深く考えて読む癖がない。どちらかというと、登場しているキャラクターの掛け合いだとか、ストーリーだとかの空気を感じて楽しむ傾向がある。竜騎士さんの作品「ひぐらしのなく頃に」や「うみねこのなく頃に」もそうだった。自分で実際に物語を楽しんで、その後、誰かが考察していているものを読んだり、2chなんかで皆が考察しあっていたり「うぎゃああ」とか「なるほどおおお」とか「つまんね」とか言い合っているのを眺めるのが本当に大好きでした。
ただ、だからといって別に作品の内容がどうでも良かったとか、覚えていないっていうわけではない。


ここ5週ほどでしょうか、忙しくてジャンプ・サンデー・マガジンが読めなかったのですが、漫画喫茶という余りよろしくない方法を用いて一気に読んできました。

そんで今この記事を書いているわけなんですが、凄くポッカリと、胸に穴が空いた感覚です。ぼうっとしていたら、それこそ何も手につかなくなる様子だったので、無理やり今、こうやってアウトプットしています。





一般論として、今まであたり前のように接してきていたものが、全くもって無くなってしまうことは、本当に何度経験しても辛いものがあります。アニメ、漫画、ライトノベル、エロゲ……「終わってしまって、もう続きがない」という状況は本当に本当に、もうどうしようもなく苦しい。


絶望先生の最後、カラーのページを見て、終わったことを認識した時、なんかこう、何か分からないけど何か考えなければという想いと、「あ、終わったんだ」という想いと、よく分からない想いが交じり合って、衝撃が走って、ぼーっとしてしまいました。
今更ながら、辿れるところまで2chの過去ログ遡って、ネット上の記事を片っ端から検索して読んで、それでも全く満たされず、今こうやって文章を書いています。



一般論でなく、絶望先生の話をすると、やはり最もショックを受けたことは、

ということなのかもしれないと思った。すぐ前に書いた「今まであたり前のように接してきていたものが、全くもって無くなってしまうこと」に近い感情で、当たり前にあると思っていたものが、実はそうではなかった、という気持ち。風浦可符香というキャラクターを思い出しては、もやもやする。




2007年の7月にアニメ第1期が放送され、その際に原作に初めて触れました。中学生の頃に『かってに改蔵』はちょこっと読んでいましたが、私はがっつり読んでいない派だったので、久米田先生の作品をしっかり読んだのは絶望先生が初めてでした。そんでまぁ、こんなに面白い作品をどうして今まで読んでいなかったのだろうと漫画を全部集めて、その後かってに改蔵も全部集めて、アニメも見て、楽しんでいました。




冒頭にも書いたように、私はあんまり中身を深く考えて読む癖がないので絶望先生に関しては、ずっとニワカなファンだった気がするのですが、そうは言っても、短くない期間、接してきていて、やっぱり好きな作品であったことは変わりなく、そしてそれがもう終わってしまったことに、もうどうしようもなく悲しい気分になりました。



勝手に上から目線ですが、それほど深く考察していたわけではないけど、『さよなら絶望先生』という作品をずっと追っていて、好きだった人がたくさんいると思うんです。そういう人達が、『さよなら絶望先生』の作品の終わりに、何を思って、どう感じたのかというのを、もっともっと読みたい聞きたいと、無性に思いました。