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隠れてていいよ

主にアニメや漫画の感想を書いています

秒速5センチメートルと現実逃避と離島と現実

皆さん、死にたいですか? 私はここ数ヶ月毎日死にたいなぁと思いながら生きています。愚痴になりますが、うまく仕事のペースが掴めず、土日も業務で頭がいっぱいで、しかも成果が出ないループで死にそうです。
先々週の日曜日だったでしょうか、あまりにしんどくて秒速5センチメートルのBDを取り出して、無心でもう無心で無心でじっと画面を眺めていました。すべてを包んでくれる秒速5センチメートル。私がこの作品を何度も何度でも見たくなる理由は、どんな時でも包み込んでくれるからです。

で、秒速5センチメートル2話「コスモナウト」では、主人公が親の都合で種子島に引越しして、生活しています。その描かれる風景、生活感、もっと言うならば空気の流れるスピードは、都会のそれとは全く違います。あえて言葉にするなら、ゆっくり流れています。もうゆっくりゆっくりゆっくりゆっくり、私の心を押しつぶすほどにゆっくりと流れています。そんな世界へは自分はいけないんだという絶望を感じながらも、無心でその画面を眺め、現実逃避をします。

素晴らしい景色。ロケットのシーンは何度見てもゾワッとします。何度見ても何度見てもゾワッとします。草原の景色もゾワッとします。すべてがゾワッとします。


種子島で、ロケットの打ち上げを楽しみにしながら、毎日本を読みながら暮らしていきたいなぁ……」


こういう考えにどうしても行っちゃうんですよね。うん。
でね、実際調べてみるとね、やっぱり離島生活ってきついっぽいのですよ。今から書くことはネットでググったり2ch見たりだったり知り合いと雑談してみたりがソースだってことは断っておきます(もし、案外生活していけるよってあれば、マジで教えて)。


離島。物価が安いように思うが、土地は確かに安いらしいが物の値段はそれほど変わらないという。また車は大体必須だろうし、種子島とかだったら台風と毎年勝負せなあかん。降雪地帯なら雪かきも必要だろう。またインフラが整っていないことも多い。

次に、離島であればあるほど職がない。正社員で安定して働いて……などといういわゆる学生の就活思考的な感じでは死ぬ。また、あったとしても、容易に転職できるとは限らない。


そして何より、引きこもれないのだ。なぜなら、引きこもっているとおよそ生活していけないからだ。もし台風が来て、水が出なくなったらどうするんだろうか。もし車が壊れたらどうするんだろうか。もしもしもし……近所の人に助けてもらわないといけないんじゃないだろうか? 引きこもりなのに?
私はもともと京都出身で、十分田舎ではないだろうとは思っているのだけれど、そんな場所であっても、町内の近所付き合いとかが面倒なことぐらいは知っていました。それが離島に行ってみたらどうなるんだろうか。
まず、地域の中での習わしみたいなものが絶対に存在する。だって、京都ですらあるのに。そんで、そこに馴染めないと、間違いなく村八分になる。それぐらい感覚でわかる。そうならないためには、自分からコミュニケーションを取り、ある種の「助け合い」という文化を作らなければならない。いや、すでに作られているものの中に入って行かなければならない。
これは……この事実はあまりに辛すぎる。ひきこもろうと田舎に逃げようと思っても、離島に逃げようと思っても、ダメなのだ。むしろ、引きこもるなら都会の方なのだ。都会のほうが、人と関わらなくてもいいような環境があるのだ。誰とも関わらず、ずっとやっていけるかもしれない。でも、離島でそれができますか? できるかもしれない、だけど私はその自信がなくなってしまった。
人の名前なんてろくに覚えないし覚えようとしないそんなヤツが、単身離島に乗り込んで一体何をしようというのか。ろくにスキルも持たない自分が離島に行って、自分で仕事を始める? 笑わせる。自分のことなのに笑えない。人生一度切り、チャレンジしてみたらいいじゃないか? 確かに楽しいかもしれない。だけど、だけど無謀とチャレンジは違うと思う。最初の1年くらいはなんとかなるかもしれない。でも、その後は?
奨学金も払い続けなければならないし、家族にお金を入れたいし親孝行だってまだまだしたいし……本当にそこまでの覚悟があるのか?



更に問題なのは、お前は本当に離島に行くことで満たされるのか、ということだ。なんせ今は、社畜生活まっしぐらで、都会で暮らして、毎日アニメを見ることもかなわないぐらい疲れて帰ってきて、酒を飲んで寝て起きてを繰り返して……で、離島に行きたいっていうのは単に現状から逃げ出したいだけじゃないか。
離島に行くことが目的になっているんじゃないか。つらい現実から逃げ出したいと思っているだけじゃないのか。だったら、多分、離島に行っても満たされないだろうなと、現実的に思ってしまった。もう、認めたくなかったけど、多分離島暮らしを始めても自分は解放されないんだろうなぁと思った。自分で言うのもなんだけど、自分は弱いと思う。
目の前のことから逃げ出したいために、離島に行きたいとか言っている。だけど、そんなことを行ったら、鼻で笑われてしまう。「で、あなたは離島に行きたいの? 今の自分を変えたいの? 現実から逃げ出したいだけなの?」 分からない分からない分からない。


失敗しても死ぬわけじゃないってよく言うじゃない? あの言葉は確かにすごい言葉だと思うんだけど、当の本人にしてみれば「うん、それはたしかにそうだけど」なのだ。もちろん、しんどい部分を乗り越えれば、あぁたしかにそうだ、ってなるに決まっているし、これまでもそうだった。だから、本当はまずもう少し頑張って頑張って頑張らなくちゃいけない。死なないように、潰れないように、希望を持って動かなければならない。
「お前は真面目だなぁ」とよく言われるけど、そういうの関係ないと思うんだよ。辛い時は辛いし、離島に行きたいと思うときは行きたいの! でも、現実を見れば、やっぱり離島ぐらしは現実的じゃないと思うんだ。だから、とりあえず今はその思考はしないほうが良いと思っているんだけど、今日も寝る前にコスモナウトを見ながら、絶望と希望を感じながら絶望逃避するんだ。
もし離島ぐらしや田舎暮らしでもなんとかなるとか、ここが狙い目だ! とかあったら教えて下さい切実に。現実と向き合うと同時に、何かがあった時に逃げられる場所は用意しておきたい。家族のもとに帰るのもひとつの方法かもしれないけど、それはもう最後の最後の最後の最後の手段なのだと思っているから。



秒速5センチメートルにかぎらずだけど、フィクションの世界の離島生活とか田舎生活が残酷なのは、やっぱりある程度、主人公には「場所」があることなんです。秒速5センチメートルのコスモナウトに憧れたとしても、そこにはすでに「家、家族」という場所が主人公には用意されているのだ。だから「ゆっくりと」時間を過ごしているように見えるのだ。自分一人で単身乗り込んでも、そこには前述の現実が横たわっているのだ。
コスモナウト、見れば見るほど絶望するけど、でも見れば見るほど現実逃避できる。なんだこの作品は、名作か!