読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

隠れてていいよ

主にアニメや漫画の感想を書いています

残念ながら抽選洩れになりました。

戯言

漏れるといおう言葉からプラスのイメージをふくらませることは難しい。水が漏れる、ガスが漏れる、秘密が漏れる、どれもこれもマイナスである。漏れるものというのは、だいたい漏れてほしくないものなのである。逆に、漏れてほしい側にとっては漏れることがうれしいということになる。
水やガスが漏れれば修理屋が喜ぶだろう。秘密が漏れれば、そのスキャンダルを狙っていた者は喜ぶだろう。漏れるという言葉はマイナスであると同時にプラスでもあり、プラスマイナスの表裏一体なのである。
では抽選漏れはどうだろう。商店街のガラガラから宝くじまで、当たればプラスになることは多い。反対に、選ばれてほしくないこともあるだろう。中学校の学級委員選挙、会社の飲み会の幹事など、選ばれてマイナスだと思う人は少なくないだろう。やはり抽選漏れもプラスマイナスどちらの要素も兼ね備えている。
漏らす側にとってはどうだろうか。水やガスが漏れる原因は配管などの故障や自然災害によるものが多く、故意に破壊されることは稀だろう。秘密については、逆に自然に漏れることが稀だろう。言わなければ漏れないのに、それが漏れているとしたら、意図があったとしか思えない。

自然災害や経年劣化以外に自然に漏れることなどほとんどなく、そこに人の意図が介在しないことなどほとんどないのである。世の多くの抽選は人の意図が介在しているのであり、たとえガラガラ抽選会であっても、入っている玉の色の比率は決められたものであり、決めたものが誰が落ちるかを決められるものでないとしても、漏らした者であることは疑う余地がないのである。学級員はあいつで決まりだろう、と自然に当選し抽選漏れしたものがいたとして、それは自然に起きたことではなく、そいつが当選したことは必然でありその他が漏れたことは必然なのである。

年に2回、夏と冬に開催されているコミックマーケットではサークル参加できるかどうかは抽選で決まる。コミックマーケット87において、申込サークル数4万8千に対して参加サークル数3万5千であった。1万3千サークルは抽選漏れしているのである。このうち、書類不備による落選があるため1万3千サークル全てが抽選に漏れたわけではないが、少なくない数のサークルが抽選漏れしている。


残念ながら抽選洩れになりました。


嬉々として抽選漏れを迎えるものなどいない。だからこそ「残念ながら」と労われるのであると思う。サークル参加者は、書類不備にならぬように慎重に提出物を揃えて、漏れないように念じて申し込みを行う。後は、漏らされるのか漏らされないのかを祈るだけなのである。そして、漏れるのである。定員があるものに定員以上が申しこめば漏れるのは必然である。
漏れるか漏れないに自分の努力がどれほど介在できるかによって、漏れたときの悲しみは変わる。宝くじに努力も何もないが、受験ならば99パーセントの努力である。コミックマーケットはどうだろうか。
ジャンルの選び方は努力であると言えるかもしれない。昔から続いているにも関わらずなくなりそうなジャンルは、なくしてはならないと思う配置担当の心に何かを響かせるかもしれない。ずっと努力を続けて大手になったサークルも努力という他ない。創作への熱が努力と言わなかったら何なのだろう。
ただし残念ながら、ほとんどのサークルの抽選が漏れるかどうかは運であろう。祈るしかないのである。通れ、受かれ、漏れるな、と願うしかないのである。とにもかくにも、念じるしかないのである。
その念じた心は間違いなく残る。漏れた漏れないにかかわらず残る。漏れた場合は、より強く残る。悔しさが、次のその次の創作物へとつながるのである。漏れた悔しさが大きいだけ残り、そしてつながるのである。

「残念ながら抽選洩れになりました。」という言葉は叱咤激励であると同時に、念が次へとつながるきっかけでもあるのである。抽選に漏れて念が残ったのなら、それをつなげればよいのである。次のその次の創作につなげるしかほかならないのである。
悔しい本当に悔しい。残念ながらという言葉で片付けるには重すぎる悔しさである。しかし嘆いている暇があったら、次のその次の創作につなげることが重要なのである。書け、書くしかないのである。念を残している場合じゃない、つなげるのである。