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隠れてていいよ

主にアニメや漫画の感想を書いています

アニメ『食戟のソーマ』 2クール目EDは薙切えりなの境遇を切なく描き出している

アニメ 食戟のソーマ

前クールに終了したアニメ『食戟のソーマ』の2クール目エンディングテーマ『さっちゃんのセクシーカレー』を聞きたくなって検索してたら公式からMusicClipが出ていたので聞いていました。


作詞・作曲・歌ともに大森靖子さんという方。アニメを見ていたときは誰が歌っているかに着目していなかったので、MusicClipのタイトルに「大森靖子」という名前が表示されていてもピンときませんでした。
さてあらためてこの曲を聞いてみたら、やはり名曲で、「明日も仕事で死にたいな」と思っている私の心を癒やしてくれました。ちょっとアンニュイなメロディーで、かなり特徴的な歌詞で、誰かを強く思って強く思いすぎてその狂気がそのまま歌詞に出た感じ。

2クール目のエンディングテーマ「さっちゃんのセクシーカレー」がアニメに合ってないぞ、なぞという声をたまに聞きますが、個人的にはあってないどころか十分エンディングテーマを飾るにふさわしいと思っていてですね。
大体、ソーマに出てくるキャラクターはみんな何かしらに強い思いを持って、それこそ一歩間違えれば狂気と思われるような人もいるわけです。誰かを思う強い気持ちは、エンディングアニメーションを見ていて十分伝わってきて、加えてこの『さっちゃんのセクシーカレー』という曲が付くことでさらにメッセージ性が強化されて伝わってくるわけです。

このEDは薙切えりなと新戸緋沙子のためにある

アニメーションについてもう少し掘り下げてみます。
サビに入るまでは、本作のヒロイン(異論は認める)である薙切えりなが川辺と思われる場所を歩いていて、本作の主要キャラクターたちとすれ違うという表現があります。この部分は非常に素敵な表現で、これは私の解釈ですが「すれ違う」は2つの意味を表しています。単純には「人と人が、互いの横や脇を通ること」という本来の意味で、もう一つは薙切えりなが人とすれ違っているということを意味しています。



薙切えりなは小さい頃から料理の英才教育を受けていて、特に味覚については別格で、ゴッドタンという異名を持つほど。しかし作品を見たこと・読んだことがある人なら分かりますが、孤独を体現しているキャラクターです。
他人の料理を味見することをずっと続けてきたえりなは、料理でしか他人とコミュニケーションを取れなくなっているといっても過言ではありません。秘書である新戸緋沙子にこそ心を許すものの、基本的には友達はいません。主人公であるソーマと出会い、ソーマの影響を受けて少しずつ変わる……というのが食戟のソーマという作品の1つのテーマとなっているほどです。ちなみに現在連載中のジャンプでは、薙切えりなに強くスポットが当たり、且つ物語としても非常に重要な意味を持つシリアスな展開になっています。


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さてそういったバックグラウンドを加味して再度アニメーションを見ていただくと、川辺のシーンはとてもとても寂しいシーンだということが分かるでしょうか。えりなとすれ違う面々は皆、自分の思う強いものがあり、それに向かって進んでいます。しかしえりなはそんな人達と関わることがありません。えりな以外は右に進み、えりなは左に進みます。

すれ違っていく面々は、皆お互いに影響を受けて成長し、新たな力をつけてきています。反面、えりなは自分の殻に閉じこもっているとも言えるのですが、神の舌の力が強すぎるが故に、無意識的にでも閉じこもり続けることが出来てしまっています。
えりなの味方は誰一人居ないのか……これについては前述したように幼少の頃からえりなの側にいた秘書の新戸緋沙子が居ます。えりなが唯一心を許せる人で、秘書という立場上会話は事務的に進むことが多いものの、信頼しあっていることが分かる描写が多々あります。
そしてそれは、このエンディングアニメーションにも端的に現れていて、見てもらうと分かりますが、えりなが皆とすれ違っていく中、一番最後に現れた新戸緋沙子は右に進むこと無く立ち止まって、えりなのことを待っているのです。それに気づいたえりなはそこで初めて足を止めるのです。この時えりなはどんな顔をしていたのでしょうか。全てを語りすぎない、しかし画を見ている人にはそれが伝わる、素敵な素敵な表現だと私は思います。

「えりな様、お待ちしておりました」
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ここまでがサビ前。
サビからは貞塚ナオという、薙切えりなをずっとストーカーしているキャラクターがストーカーしている様が描かれるという狂気パートなのですが、このパートもよく見ていくと薙切えりなの寂しい境遇を理解することができます。

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貞塚ナオは一応ストーカーという設定なので、相当にえりなのことを見続けていることが予想されます。実際、ストーカーしているときにナオが見たという設定で、えりなのカットがたくさんEDには挟まれるわけです。
しかしこれらカットには違和感を覚えないでしょうか。そう、薙切えりなは新戸緋沙子としか一緒に居ないのです。
ソーマが住んでいる極星寮では、何かあるごとに皆で集まって遊んだり料理に励んだりしています。一方えりなは、ひたすら一人で仕事をこなす毎日で、遊ぶということを一切知りません。本編でも何度も描かれました。何巻だったか忘れてしまいましたが、加筆された夏休みエピソードでは、それが顕著に描かれていました。
あらためてえりなの境遇は特殊であるし、えりなに幸せになってほしいとずっと願っている新戸緋沙子は健気だなと思います。



わずか1分半のEDの中に、これだけ食戟のソーマのテーマがつめ込まれているわけです。アニメーションと、それにマッチしている曲『さっちゃんのセクシーカレー』という組み合わせはとても哀愁を誘います。本記事で書いたバックグラウンドを元に今一度EDを見てみてください。

終わりに

最近はアニメを殆ど見れてないのですが、食戟のソーマはちゃんと見ていました。原作付きアニメとしては非常に成功していると感じています。そのうち総括記事を出すつもりですが、エンディングを聞いていたら急に素晴らしさを語りたくなったので書きました。

原作は、途中述べたように薙切えりなの境遇について掘り下げが始まったところで、非常に盛り上がっています。私自身、食戟のソーマをジャンプでリアルタイムで追い続けていますが、当初からずっと薙切えりなのことが好きで、ずっとヒロインだと思っていました(異論は認めない)。なので今の展開は脳汁出っぱなしです。

アニメは、秋の選抜の予選までで終わりました。ストーリー的には消化不良になっていますので、2期を心から願っております。