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隠れてていいよ

主にアニメや漫画の感想を書いています

話数単位で選べ! 2012年も素晴らしいアニメに沢山出会いました

アニメ 企画

あけましておめでとうございます。2012年も終わり2013年となりました。年末から年始にかけて風邪を引いてしまった私ですが、みなさんはバリバリアニメを見ていらっしゃるでしょうか。

さて、本来ならば年内に更新したかった話数単位な本記事ですがかなわず、とは言っても間に合わなかったから更新しないという類のものでもないので、年始のこの時期に更新となります。来期のアニメも良いですが、まだまだ2012年のアニメも振り返って見ませんか。

さて、本企画は主に以下の様なルールに則って行われています。

ルール
・2012年1月1日〜12月31日までに放送されたTVアニメ(再放送を除く)から選定。
・1作品につき上限1話。
・順位は付けない。

話数単位で選ぶ、2012年TVアニメ10選: 新米小僧の見習日記

なお昨年同様に、新米小僧の見習日記さんが集計結果をすでに発表されているのでそちらのリンクも。
「話数単位で選ぶ、2012年TVアニメ10選」投票集計: 新米小僧の見習日記

ちなみに2011年の私の話数単位選はこちら。

それでは早速行ってみましょう。




ペルソナ4』 第14話「A Stormy Summer Vacation 2/2」
脚本
熊谷 純
絵コンテ
田口智久
演出
田口智久
作画監督
河野真貴 高橋 晶


放送開始が2011年のため2012年アニメとは言いづらいのかもしれませんが、まずはペルソナ4から1本選出しました。実は放送中に考察記事を1本書いています。
『ペルソナ4』 13、14話で感じた3つの「つながり」

本作品は、サブタイトルに「2/2」となっているように13話と14話でひとつのつながりを持ったお話です。端的に言うと、13話では伏線が貼られ14話で回収するというものです。このお話の何が素晴らしいかというと、上記事でも書きましたが「つながり」が丁寧に描かれたことでした。具体的には、

  • 13話と14話がそれぞれ「謎」と「謎解き」に対応しているという「つながり」
  • 番長が人助けをすることによって、結果的に頭から血を流した女性を助けられた、というストーリー的な「つながり」
  • 番長が夏休み中、人と「つながり」を持っていたということ

という3つです。特に3つ目が私の心を強く打ちました。


13・14話前の12話で、番長はゲーマーのシャドウと戦いをしています。このシャドウは番長に精神攻撃を仕掛けてきました。それは「一連の事件の犯人が逮捕されたことで、もう皆で集まる必要が無くなる」というものでした。その結果、何が起きたかというと、番長と共に戦っていた仲間たちが徐々に離れていってしまったのです。まるで「事件を媒介にして仲間が集っていただけだったように」。

シャドウは最後、「何もない。全ては無だ。仲間なんて幻、君も一人だ。空っぽだ」という言葉と共に、鳴上の精神を完全に破壊しようとします。鳴上の手を握り現実世界に引き戻したのは花村でした。いえ、花村だけじゃありません。現実世界には、仲間が、皆が居ました。つながりがありました。

自分とペルソナの関係、「仲間」「つながり」を確かめたいかのように、次々とペルソナを顕現させていく番長はとても印象に残っています。

『ペルソナ4』 13、14話で感じた3つの「つながり」

そうした12話という下地があり、13・14話を見た時、私は本当に感動してしまいました。12話では8月28日まで一気に日付が飛ぶのに、13・14話では8月25日まで毎日が濃く濃く描かれるんです。確かに、当たり前のことなのかもしれないけれど、人と「つながり」を持って夏休みを過ごした番長を見て私はホッとしていました。

というわけで、自分の中で色々と納得がいったお話だったので、選出しました。

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さんかれあ』 第3話「さんか…れあ」
脚本
高木登
絵コンテ
畠山 守治
演出
久保太郎
作画監督
瀧原美樹 金 順淵


本アニメは、個人的には突っ込みどころがあった作品でした。特に、物語の終盤において、散華礼弥の両親問題が今更ながらに掘り起こされてしまったことは、放送当時残念に思っていました。
『さんかれあ』10話と11話を比較すると、11話は揺れ動かない - 隠れてていいよ

それと比較して、11話はなぜかチープに感じてしまった。それは多分、当たり前のことを当たり前のように主人公が言い放っただけだからだと思う。
(略)
思わず「今更それをシリアスだよねぇ辛いよねぇ核心だよねぇみたいに述べて、それに対してハッとなる団一郎さんを描きたかったの?」と問うてしまった。


とは言いつつも、本作品の死の描き方はとても印象に残っていて、それは特に散華礼弥の描かれ方でした。
『さんかれあ』 悲しさと恐怖と美しさと恐怖、連続で感じた「死」の表現という記事で書きましたが、3話の礼弥の死は本当に本当に凄まじく綺麗なものでした。同時にゾクッとして、そして悲しくもあり……そう全てにおいてゾワゾワした死の描き方でした。

なぜこのように感じたかといえば、「悲しさ→恐怖→美しさ→恐怖」と死にまつわる感情が余すことなく、そしてつながりを持って描かれたからです。普通、死というものからは悲しさや残酷さというものが連想されますが、それと同じくらい美しさが連想されると思います。3話では、「綺麗な花の上に綺麗な肌が横たわり、赤い血が広がっていく様」が描かれ、とてもとても綺麗でした。しかし単純に綺麗だったから綺麗、というわけではないのです。前述したように悲しさ、恐怖という後につながりを持って「綺麗さ」が描かれたから一層綺麗さが際立ったのです。

「物心ついた時から一切の自由がなく、もしあるとしたらこれからの人生だったのに、それも潰えた。儚い」→「体がぽーんと空を舞って、そして尖った枝に体が突き刺さる」という流れがあってからの「綺麗な花の上に綺麗な肌が横たわり、赤い血が広がっていく様」だからこそ激烈なんです。そして凄いのは、この後に青ざめた顔でゾンビのように(ゾンビなんですが)生き返ることなんです。絶望を感じて死んだ散華礼弥が、希望とともに生き返ってくるまでの、この一連の、短いながらも激しい流れは私の心を打ちました。

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君と僕。2』 第2話「mary's christmas」
脚本
平林佐和子
絵コンテ・演出
太田知章
作画監督
加藤万由子 松下郁子

2011年には無印『君と僕。』が放送され、2011年の話数単位選には本作品から1本選出しました。2012年には2期である『君と僕。2』が放送されましたが、今年も本作品から1本選出したいと思います。

本作品はキャラクターの心情を描くのが本当に上手いのですが、2期でも心を打たれました。第2話「mary's christmas」は、すごかったですよ。放送中に、『君と僕。2』2話 あまりの感動に世界の真ん中で愛を叫びたいという記事を書いたので詳細はそちらに譲りますが、とにかくメリーこと茉咲ちゃんと千鶴くん、二人のやり取りがたまらないのなんの。

千鶴くんと茉咲ちゃん二人の距離は、近いようで実は遠い、という描かれ方をずっとされてきました(特に1期)。しかし段々と、遠いようで実は近いという表現に変化してきました。その一つがこの2話で、中でも、ショッピングモールで出会った後、ふたりとも傘を忘れてしまって、パン屋の前で雨宿りをするシーンは何度も繰り返し再生するだけの価値があります。

2点目は、演出の部分。茉咲ちゃんが爪に水を当てる遊びを始めてから「きゃっ」と声を出すまでの間のカメラワークが素晴らしい。

まず、茉咲ちゃんの方向から見て千鶴くんがどういう視線を茉咲ちゃんに送っているのかの「千鶴くんのカット」が入ります。そして次に、千鶴くんが実際茉咲ちゃんをどう見ているのか、という千鶴ちゃん目線の「茉咲ちゃん」が描かれます。これによって、客観的・主観的に千鶴くんの感情を体験することができます。

これがもう、すごいのなんの。

僅か十数秒という短い時間なのですが、この時間の中に圧倒的な感情が演出されている、込められている。

『君と僕。2』2話 あまりの感動に世界の真ん中で愛を叫びたい


本作品は2話以外にも選出したいレベルのお話があるんですが、敢えて選ぶとすればということで2話を選出しました。ほんともう、良い作品に出会うことができて私は幸せです。

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だから僕は、Hができない。』 第5話「invisible dictionary」
脚本
あみやまさは
絵コンテ
川崎逸朗
演出
阿宮正和
作画監督
松本勝次 佐々木一浩 竹内アキラ 武本大介
総作画監督
枡田邦彰 佐藤元昭 小林利充

なんだこの話は、と思われた方も居らっしゃるでしょうが、私にとってはすごく印象に残っているのです、馬鹿すぎて本気すぎて。
invisible dictionaryとサブタイトルにあるように辞書が関係しているのですが、簡単に説明しましょう。
主人公の良介のエロパワー(エナジー)はヒロインであるキサラのパワーの源になっています。良介の「エロい」と思った気持ちをエナジーにして、それをキサラが吸い取って力にすることができるのです(吸い取らないとヘロヘロになる)。だから良介としては、常にエロいパワーを持っていないと行けないのですが四六時中エロイことはできない、だけどキサラに迷惑をかけないように何とかエロパワーを補充しなければならない。
そこで良介が考えたのは、常日頃から様々のものからエロいものを「イメージ」しエロパワーを作ってしまおう、という発想。そしてイメージの元になる素材の行き着いた先は、何と広辞苑だったのである。広辞苑を常日頃から読んでおくことで、いつでもイメージして辞書を持ち出すことを可能にし、そして辞書に記載されている「言葉」からエロいイメージを妄想し、エナジーにしようと考えたのです。

まるで辞書を持っているようなジェスチャーをする良介を見て、
美菜「見えるでしょう、良ちゃんの辞書が。」
キュール「キュールには何も。」
美菜「感じて。ね?」
美菜「目でなく、心で感じて」
キュール「目でなく……心で?」
キュール「黒の背表紙。そして金文字。第三版。見えましたわ!」



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via 『だから僕は、Hができない。』5話感想 キュールがデレて可愛い!良介の妄想力凄まじい:萌えオタニュース速報



以下、透明の広辞苑をもとに妄想を全開にする良介をご覧ください。

「行くぜ! 2151ページ。パピルス。つまり本、本といえば雑誌、漫画雑誌、巻頭グラビア、魅惑のぎりぎり展開袋とじ。うおおおおおおエナジーきたあああ」
「今放出したのに!? もうエナジーが復活?」
「やったぜ、これが特訓の成果だ」
「特訓?」
「急速エロチャージの特訓だ!」


「1885ページ。夏休み。夏、それは女の子の一番輝く季節。夏の制服、夕立でびしょ濡れ、水着もいい、浴衣もいい、一夏の思い出!」

「1293ページ。部屋。へぇ、ここが君の部屋かぁ。君の香りがするー。あぁ、この部屋は僕の知らない君でいっぱいだ。そしてこのベッドで、君は、うおおおおおおおお」

「2196ページ。不可能。ヒーローはいつも不可能から脱出し危機的状況から恋に落ちる。俺の辞書に、いや、俺のエロに不可能はなあああああああああああい」
→そのまま覚醒、シリアスモードに入るっていうんだからワロエナイ。



素晴らしくて拍手! こういうお話があるからアニメはやめられません。





めだかボックス』 第12話「黒神めだかがいなくても!」
脚本
西尾維新
絵コンテ
佐伯昭志
演出
佐井畑翔太 安食圭
作画監督
佐野聡彦 清丸悟

無印『めだかボックス』の最終話であり、且つ番外編に近いお話から選出です。既に2期であるアブノーマルが放送されているので、この番外編12話のお話を覚えている人がどれだけいらっしゃるかわかりませんが、西尾維新さん脚本でオリジナルストーリー、将棋の王将が行方不明になり困っていた将棋部部長の餅原沙小枝(もちばるささえ、CV:井口裕香)と、元将棋部の鉈山粍(なたやまみり、CV:小林ゆう)、そしてめだかちゃん不在の生徒会が織りなすストーリーといえばピンと来る方も多いでしょうか。

このお話の何が素晴らしいかというと、アニメオリジナルキャラである餅原沙小枝、鉈山粍二人の感情のぶつけあいと、そこに絡む善吉の感情のぶつけあい……そう、つまるところ感情の押し付け合いがたまらなく私の心を打つのです。

「無くなって困るものじゃないとか言うけど、困ってからじゃ遅いんだよ」--『めだかボックス』12話、いい最終回だったという記事でも熱く語ったので詳細はそちらに譲りますが、幾つか引用させてください。

鉈山粍「ただし、あの子達に嫌がらせをしたい人が居たとしたら、その気持は凄くわかるわね。だって、弱いことは罪じゃないけれど、強くなろうとしないことは罪だもの」

餅原沙小枝「私たちはあなたじゃないんだから。あなたと違って、一生将棋を続けるつもりなんて無いし、私たち楽しく部活をしたいだけなの。あなたには不愉快な環境かもしれないけれど、でも、そういう人間も居るって理解して欲しい。鉈山さんにはできれば将棋の強さじゃなくて、楽しさを教えて欲しい」

この2つは真っ向からぶつかっている主張なのですが、どちらもそれが正しいと信じて想いをぶつけているのだから小気味いい。話中、生徒会の面々はそれぞれ二人から主張を聞くわけですが、どっちつかずになったりするわけです。ただし善吉は違いました。

将棋の駒から王将が無くなっていることに対して、鉈山粍は「無くなっていることに気づかず、困っているふうでもないじゃないか」と、自分が盗んだことを正当化しようとします。「なくなって困るものじゃない」と。しかし善吉は言います。「無くなって困るものじゃないとか言うけど、困ってからじゃ遅いんだよ」と。これはよく言われる言葉であると同時に、今生徒会に不在のめだかちゃんにかけたセリフとなっています。

確かに中二的であり、くさいセリフなんですけど、私の心を強く強く打ちました。

クライマックス、ピアノから始まる軽快な、しかしちょっと切なくなるBGM、そしてぶつけられるお互いの熱い想い。



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パーンと投げられる将棋の駒、落ちてくる将棋の駒、その間で、鉈山粍と人吉善吉がお互いの想いをぶつける。

めだかボックス アブノーマル』 第10話「みんなを幸せにするためには」
脚本
佐伯昭志
絵コンテ
佐伯昭志
演出
佐伯昭志 春藤佳奈
作画監督
長谷川哲也

そして続けて、アブノーマルから選出です。こちらも同様に番外編、すなわち最終話グッドルーザー球磨川を選ぼうと思ったのですが、涙が出るほどに感動したという意味ではやはり10話だったので、こちらを選出しました。

10話は、都城王土がめだかちゃんを「洗脳」し、めだかが「めだかちゃん(改)」になった場面から。そして、善吉とめだかちゃんが幼い頃に交わした会話に端を発した、殴り合いの会話が描かれます。これは本当に殴りあいながら会話しているという意味でもあるし、殴り合いのような会話をしているという意味でもあります。

10話は、アバンタイトルなしでOPそして提供前にサブタイトル表示がなされます。これだけで10話が、一つ飛び抜けて気合が入っていることが分かります。
そして実際、10話は本当に、善吉とめだかの殴り合い(蹴り合い)が、回想を交えて進んでいくだけの、ただそれだけのことなのです。だけど、ただそれだけのことなのに、こんなにも感動するのはなぜなんでしょうか。

ここからは、ちょっと長くなりますがポイントを追って行きたいと思います。

「だったらどうして、お前は泣いているのかな」
「心ある人は、その涙のことを優しく、心と呼ぶんだよ」
「13年前の思い出は、お前の中から決して無くなったりはしない」

めだかボックス アブノーマル』 第10話「みんなを幸せにするためには」より、黒神真黒のセリフ

めだかちゃんは、ずっと泣いているのです。涙を流しながら、善吉と闘いながら、自分の今や過去を思いながら考えているんです、涙を流しながら。時に善吉に語りかけ、時に自分自身へ語りかける。洗脳されているはずなのに。

「既に本気は出しているつもりだ。幼馴染であるこの男を攻撃することに、抵抗があるわけではない。ただ私は、どうしてだろう、知っている。この男を蹴り続ける無意味さを知っている。人吉善吉は、誰に何をされたところで決して己を曲げることはないのだ。」

同10話「みんなを幸せにするためには」より、めだかちゃん(改)のセリフ


こういうセリフをずっと泣きながら、素で、めだかちゃんは言うんですよ。泣きながら素で、と言うと矛盾があるように思うかもしれませんが、自然と涙が流れているのです。


そして幼少期の回想。自分が生まれてきた意味は何なのか、という問いに対する子供の頃の思い出。

球磨川禊「人間は無意味に生まれて、無関係に生きて、無価値に死ぬに決まってるのにさ」「君もきっと、いっぱい人を終わらせてここに来たんだよね。いいんだよそれで。僕や君は何をしてもいいんだ。だって世界には目標なんて無くて、人生には目的なんて無いんだから」

人吉善吉「きっと君は、みんなを幸せにするために生まれてきたんだよ」

同10話「みんなを幸せにするためには」より、幼少期の球磨川禊、人吉善吉のセリフ

今「私が私である」理由である善吉の言葉を思い出し、戻ったかに思えためだかちゃんでしたが、思いのほか洗脳が強く、戻らない。しかし善吉に13年前の言葉を確認するのです。13年前の言葉を覚えているかと。しかし人吉善吉は覚えていません。しかし彼はこう言います。

「ただ、そうだな、13年前っつーなら、お前はみんなを幸せにするために生まれてきたとか、多分そういうことを言ったんじゃねーの」 「ただ俺は、黒神めだかはそういうやつだって、初めてあった時からずっと、今でもそう信じてるってだけだ!」

同10話「みんなを幸せにするためには」より、人吉善吉のセリフ

こういう台詞回しを見てられないって言う人も居るかも知れませんが、私は何時の時代も震えてしまいます。
行橋未造の感受性さえ身につけためだかちゃん(改)は、ようやくめだかちゃんに戻ります。



涙、涙、涙なのです。アイキャッチも、自分が流した涙が地面に落ち、それに映った自分という図なのですよ。凄まじく綺麗なお話なのですよ。いやー、久々に涙腺が緩みましたよ。

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via 枯れ木も山の賑わい : 「めだかボックス アブノーマル」 アイキャッチ集


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シャイニング・ハーツ 〜幸せのパン〜』 第12話(最終話)「幸せのパン」
脚本
川崎逸朗
絵コンテ
川崎逸朗
演出
頂 真司 川崎逸朗
作画監督
小谷杏子 頂真司 八尋裕子


さて、本作品からは間違いなく1本選出する予定でした。迷ったのは、1話なのか最終話なのか、ということです。衝撃の強さなら、1話も最終話も同じくらいだと私は思っています。1話は、パンを焼くだけの平和な日常が、最終話は私達パン好き視聴者の意向を全て汲み取ったような構成が……。「シャニパンは哲学」とも一部では評されますが、その名に恥じない最終話だったと私は思います。シャニパンについて、「EDだけ見に来ました」とのたまう人が多数居たことは知っていますし、実際EDはすごかったですが、EDだけではシャニパンは語りきれません。


最終回、パン好き視聴者の意向を全て汲み取ったような構成に感動

  • アバンからCMへの繋ぎが雑
  • エルフ回収
  • 可愛いモブ幼女
  • 極めて自然に入るED(毎度必ずED)
  • 開店バンク


毎話毎話楽しませてもらったシャイニング・ハーツでしたが、最終回も期待以上の出来で、30分間笑いっぱなしでした。素晴らしい作品をありがとうございました。

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さくら荘のペットな彼女』 第3話「近すぎて遠い…」
脚本
鴨志田 一
絵コンテ
神戸 守
演出
高島大輔
総作画監督
藤井 昌宏

『さくら荘のペットな彼女』3話 よほど誠実に生きていたのはましろだったのだという記事でじっくり書いたので詳細は譲りますが、この「さくら荘のペットな彼女」を好きなったきっかけは間違いなく3話でした。3話は、脚本に原作者の鴨志田一さん、絵コンテに神戸守さんで、ラブホシーンにかぎらず演出に気合が入っていたように私は思いました。
「とりあえず頭がおかしいヒロインを出して、パンツとか出しとけばいいんだよ」みたいな的外れな論を聞くたびにイライラしていた私ですが、3話を見て何も心配が要らなくなりました。3話のラブホシーンにおける、空太とましろの会話シーンを見てもまだ同じ事をのたまうのだとしたら、私はいつでも戦う準備があります。

序盤の3話という段階で、こんなにもシリアスな話を持ってきて且つ物語を壊さないようにできるなんて素晴らしすぎます。

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アイカツ!』 第9話「MOVE ON NOW!」
脚本
加藤陽一
絵コンテ
矢野雄一郎
演出
富沢信雄
作画監督
野口寛明 高田洋一

崖登り系アイドル!
毎話毎話面白いアイカツですが、この9話は思わず拍手をしてしまいました。蘭ちゃんも加わり、普段の掛け合いが数段も面白くなってきた9話なんですが、本話はなんといってもいちごちゃんの圧倒的格好良さと可愛さなのである。

プリリズもアイマスもみんなアイドルしてるけど、アイカツ星宮いちごちゃんだって生粋のアイドルなんですよ。




ミッション:オーディション開始までに、トップデザイナーさんからレアカードを貰いなさい
デザイン会社の場所は山の上。
解決方法:
地図に従って会社を目指す(高速エレベーターを使う)
いちごちゃんがとった方法:
崖を登って会社を目指す

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トップデザイナーをして「だってあの崖、ぶっちゃけ死にかねない」と言わしめるがけを、ガッシガッシとよじ登るいちごちゃんに、私は思わず涙して拍手していました。


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必死に崖を登った後に、憧れのトップデザイナーさんに頼み込むいちごちゃんマジ天使




時間ギリギリまで待っていてくれた二人、そして着替え前の気合入れ。

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アイドルはこういう時、自分たちだけの掛け声をかける
「明日へ向かって、MOVE ON NOW!」


やばい、素晴らしすぎる。




そして、レアカードによって変身したいちごちゃんは……いちごちゃんは……



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私たちの知っているいちごちゃんは天使みたいないい子でした



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1月5日(土)の13:59までだけど、10話までの無料配信がやってます! ぜひ!
アイカツ!冬休み期間限定一挙配信スペシャル




ひだまりスケッチ×ハニカム』 第6話「9月25日 おしゃべりスケッチ」/「9月29日〜30日 ヒロさん」
脚本
大嶋実句
絵コンテ
八瀬祐樹
演出
平田豊
作画監督
潮月一也 宮西多麻子
清水勝祐 西山忍


さて10選もいよいよ最後です。最後はご存知、ひだまりスケッチから1本選びました。この話は、多分みなさん記憶に残っているんじゃないかと思います。特に後編ヒロさんは、吉野屋先生大活躍です。御多分にもれず私も感動をしてしまいましたので、選出となりました。ただし、ご覧になった方なら分かると思いますが、後編だけでなく、ゆのと宮子の関係を描いた前編もとってもとっても素敵です。以下、印象に残ったシーンを語っていきます。

9月25日 おしゃべりスケッチ
ゆの「私って本当に背低いんだなって驚いちゃった」
宮子「はははー、やっとー」

ゆの「宮ちゃんのほうが断然可愛いよー美人だよー」
宮子「何を仰るー」

ゆの「今日はいつもよりもっとお喋りしたいなって」


この3つの会話(セリフ)はときめきましたねー。1つ目には爆笑、2つ目と3つ目にはホッコリ。




9月29日〜30日 ヒロさん
――ヒロさんが吉野家先生に、教職を取って美術の先生になることも考えていると相談をするシーン
吉野屋先生「美術の楽しさを伝えられる、すごく素敵な仕事です。是非向き合ってみてくださいね


もちろんヒロさんと吉野屋先生の保健室のシーンは全体通して素敵なのですが、私が最も心を打たれたのは、吉野屋先生の「向き合ってみてくださいね」という言葉の選び方なのです。決して「期待しています」ではないのです。


化物語シリーズの忍野メメの言葉に、「人は勝手に助かるだけ」旨の言葉があります。いろんな解釈ができますが、私は、これは裏返せば「結局やる(決める)のは自分である」と受け取っています。だから過度に人に期待してはいけないと思っている。「自分のことを何も知らないくせに」と思われかねない。

また古典部シリーズの「クドリャフカの順番」で、里志は「期待」という言葉についてこういう解釈を言います。

愚者のエンドロール,pp347.

「自分に自信があるときは、期待なんて言葉を出しちゃあいけない」
「期待っていうのは、諦めから出る言葉なんだよ。(略)時間的にとか資力的にとか、能力的にとか、及ばない諦めが期待になるんだよ。」

これはあくまで里志の解釈であるし、私の解釈とは必ずしも一致しないけれども、確かに「期待」という言葉を使う時、どこか「諦め」が付随しているように思う。「ほんとに期待しているんかと」。まるで人ごとなのです。先ほどの「人は勝手に助かるだけ」と似ていると思います。



そんな中、吉野屋先生が選んだ言葉は「向き合ってみてくださいね」、でした。本当に、この言葉を6話で吉野屋先生の口から聞いた瞬間、ホッとして、泣きそうになりました。

キャラクターは生きているなぁと改めて思いました。吉野屋先生が間違っても「期待しています」という言葉を使うはずがないと信じていましたし、そしてそれを実際に確認することができてとても幸せな気持ちになりました。


「私、吉野屋先生はいい先生だと思いますよ」

私もそう思います!





以上! 10選終わり!


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