隠れてていいよ

主にアニメや漫画の感想を書いています

1日働き終わったら何もする気が起きなくて寝るしかないという生活は体に悪すぎる

少し強めにストレスを感じると、頭の右後ろあたりがズキズキしてきて、集中力が切れてきて何もできなくなることがあるけれども、
普通はそんなことないらしいので、昔はとても悩んでいましたが、今はそういうもんだなと納得ができるのでよいのですが、
果たしてそれが続く環境に居続けることが幸せなのかというと多分そうじゃないはずで、
でも今までは面倒くさいとかそういう気持ちのほうが勝っていたのですが、
客観的に考えるとやっぱり環境を変えるのが良いはずで、
そんなことを会社に勤めて10年で気づくわけです。


人間の順応力ってすごいなと。
どんなに辛いことがあっても、大体慣れてしまう。
なんだけども、それにも限度があるということも理解できて良かったなと。
それはそれで、経験しないと学べなかったことで、一度身体を壊すとそこは自分なりのやり方というか、
手の抜き方をようやく覚えられるというか。

それでもどんなに力を抜こうとしても、生来の性格・考え方はそう簡単に直らないというか。
やっぱりどこかで気を張ってしまって、ストレスを溜めてしまって、体調を崩してしまうという感じで、
そこはもう仕方がないのだけれども、でもそれと付き合っていくにはもう年齢も若くないし、
会社よりも、そろそろ自分のことの方をちゃんと考えてもいいなと思うというか。

端的に、1日働き終わったら何もする気が起きなくて寝るしかないという生活は体に悪すぎる。

小説『騎士団長殺し』を今更読んだ

わけあって、村上春樹さんの小説『騎士団長殺し』をつい先程読み終わりました。
本作品は2017年2月に発売されていたようで、当時物々しい装丁の本(そこまででもないかもしれない)が本屋に並んでいるのは目にしていたのですが、
ハードカバーの本が好きではなかったので敬遠していました。

しかし最近文庫化していることを知って、なんとなく読んでみようと本屋で購入したら、いつの間にか読み終わっていました。面白すぎました。
本記事では本作品のネタバレを含みますので、未読の方はご注意ください。

読後感

素晴らしいの一言でした。後、久々に「小説ってこういう終わり方で良いんだなぁ」って思ってしまいました。
それはつまり、すべての謎を明かす必要はなく、読者の考えに委ねられるという形です。

本作品では丁寧な種明かしはされていません。少なく見積もっても、白いスバル・フォレスターの男、秋川まりえが会ったとされるもうひとりの免色、そもそもイデアやメタファーという存在そのもの……あげだしたらきりがありませんが、そういったものはそういうものだという説得力を持って描かれていました。このあたりが、力強い小説の為せる技なのかもしれません。
なにはともあれ、つまりそういったすべてを説明しないからこそ、読了後のホワッとした気持ちが残るのです。


第2部「遷ろうメタファー編」を読み終えた後にしたことは、第1部「顕れるイデア編」のプロローグを読み返すことでした。
顔に靄がかかったような、顔を持たない不思議な男が肖像画を依頼にしに来るという、不思議なシーンで、一体これがどこにつながるんだろうと思っていたらなんとこの話の続きが書かれることはなかったという素晴らしい構成だった。
これがもう、なんとも言えない読後感をもたらしてくれたのです。あぁ、これをプロローグにしても良いんだって言う感じ。
なるほど、確かにこの話の不思議な部分を端的に持ち出している感じがしていて、叙述トリック的な感じで騙されたというか。

曖昧にしか覚えていなかったプロローグが、後半の不思議なシーンでつながってくるとは思いもよらず、カタルシスを得すぎました。

正直なところこの読後感を伝えられたもう満足で、これ以上書いたら蛇足な気がするのですが、せっかく村上春樹さんの作品をちゃんと読んだのでもう少し書いてみたいと思います。

村上春樹さんの作品

実は私は多分村上春樹さんの小説をちゃんと読むのが初めてのようです。
村上春樹さんを好きな人からすれば天地がひっくり返るようなことなのかもしれませんが、読んでこなかったのも事実なので仕方ありません。
ただ、この作品を読んだだけで、もう次の作品を読んでみたいと強く強く思わせてくれるほどの力を受け取ってしまったのも事実で、これからたくさん読めると思うとそれはそれで幸せな気持ちです。

というところで、村上春樹さんらしいと言うような形容詞を一切使えない状態なわけなのですが、それでも読んでいる途中から、なるほどこれが村上春樹さんの書く文章なのかもしれないと思うくらいには、自分の心には文章が染み込んできました。

不要な修飾子というか、余計な修飾を取り払っているにも関わらず、登場人物の感情が生き生きと伝わってくる、それこそ時折笑いがこみ上げてしまうくらいに。
また、時折挟まれるうんちくも全然気にならない。鼻につかないように描写されているのがとても心地よく、逆に興味を惹かれるようになっている。
読ませる文章というのはこういうものなのかなと改めて感じました。

読者に対して、ずっと考えることを突きつける姿勢がとても好きで、素晴らしいとしか言いようがありません。
読み終わった直後に、このようにブログを書かせる強い気持ちを止められませんでした。
繰り返しになるのですが、このちょっと宙に浮いた感じ、ふわっとした感じの読了感がたまりません。

終わりに

これ以上書くと安っぽくなっていくので、一旦ここで終わります。
今更ながら出会っても本作品を読めてよかったです。


しんどいから辞めるという選択肢

もう2月も終わろうかという祝日の夜、皆様いかがお過ごしか。
前回の記事で、おそらく1月から2月中くらいで片付く仕事があると書いていたが、その仕事は概ね完了した。

とても素敵なことに、辞めるつもりで仕事をし始めたら思いの外サクサクと進めることができて、その点は良かった。
別にそれ以外の悪い点はないのだが、転職のことを頭のどこかでずっと考え続けなければならなかったことは強いていうと悪いことだったかもしれない。
とはいえ、仕事を終えたら次の仕事が降ってくるのが常であり、また重そうな仕事がそろそろ始まりそうで憂鬱である。

転職しようと決めても、結局本当の心の底の深いところから転職しようと考えているのか、というのは常に考えてしまう。
なので、次の土日に時間を取って改めて転職について考えた上で、以前一度利用した転職エージェントに連絡してみようと考えている。

なぜ今の仕事を辞めたいのか。
素直な気持ちは、今の仕事そして会社の状況に疲れたからである。
働いていて、疲れしか出てこないので、ただただ疲弊していくだけだからである。
これをそのまま転職先に伝えることはないが、とはいえ今の会社の状況的にはそのまま伝えても大丈夫ですよと転職エージェントの方には言われそうな気はする。

前回退職を考えたときの辞めたい理由は、長時間労働でただただ疲弊していたからであった。
そのことをエージェントに伝えると「それは理由にしていいですよ」と強く言われた。それほど働きすぎていたのだ。

今回のケースも、どちらかというと個人の力ではどうにもならないことが原因で発生しているため、なんとなく同じように言われる可能性が高い気がする。
ただ例えそれが真実でどうしようもない現実だったとしても、いわゆるマイナス思考の転職というか、ネガティブな転職として捉えられる部類である。
そして、世の転職ノウハウやもちろん転職エージェントにも言われるのだが、マイナスの転職理由は避けたほうが良いというものがある。

上述したように例外的なこともたくさんあるが、自分が採用の立場だったとしても言わんとしていることは分かる。
ただ、だからといって「イケイケに仕事をしていきたいのです」という理由ではないので、現実的なポジティブな理由をひねり出すことになる。
ひねり出すと言ってもウソをつくわけではない。間違ってはいないし、どちらかといえばイエスな理由をつけるのである。

ただし往々にして、というか自分はだが、そんな理由をつけたものは薄っぺらくなる傾向にある。
なので、今回の転職はなるべく可能な限り本音ベースで進めてはみたい。
転職というイベントは少なからず人生の中ではそれなりに大きな選択肢ではあるものの、なるようになる気もするから不思議である。

前回転職活動をしていたときは、そういう余裕がまったくなかった。ただただ今の会社から逃げ出したかったから盲目的に活動を行っていた節がある。
同じ轍は踏まぬよう、いい意味で前向きに転職活動を進め、そして終えられたらと思う。