隠れてていいよ

主にアニメや漫画の感想を書いています

声優とかに詳しくなると作品を楽しめなくなるという思想は、他人の批判的なコメントを見ることで形成されるのでは?

この手の話題は尽きることがないのですが、もう一度自分の中でまとめても良いかなと思ったのでちょろっと書きます。
そもそも声優に詳しいというのがどこまで詳しいのか、という定義も難しいですよね。例えば週に20本もアニメを見ることを1年間続ければ間違いなく声優さんの事について詳しくなれると思います。じゃあアニメをいっぱい見ることが声優に詳しいことなのかと言われると少し違う。
少し具体的なお話になりますが、お知り合いに声優オタをやっていた方がおられます(そもそもこの表現も変な感じがしますが)。その方と定期的にお話する機会があるのですが、何が違うかというと声優に対する考え方と言いますか、思い入れが違います。「○○という声優さんは良いですよねー」という1の振りに対して「〜という作品に出てたときは〜で」「演技力があるよね、〜に比べて」「昔は〜だったんだけどね」「〜がこんな声も出せるなんてびっくりした」と密度的には10位の返しをしてくれます。この密度がポイントだと私は思っています。こういう事があると必ず、あぁ自分はまだまだだなぁ、と反省するとともにより知識を蓄えようと頑張ろう!と思います。
さて、今回は別に声オタの話をしようとしているわけではないです。「声優とかに詳しくなると」とありますが、普通にアニメ見て声優さんの事が好きになり、調べるようになり、好きな声優さんができるようになり、声優でアニメを選ぶようになり…といったことが、この記事タイトルでいう「声優とかに詳しくなる」というレベルのものではないのかなと私は思います。アニメを全く見ない人にとっては詳しい、というレベルに入るのかもしれませんが、もしかしたらそれは詳しいとは言えないことなのかもしれません。私がアニメを本格的に見始めたとき、スクラン無印あたりですが、能登麻美子さんという声優さんの名前を知りませんでした。今では考えられないことですが、別に知らなくてもアニメは楽しめましたし、能登さんの声を知ることもできました。例えばスクランを見る前に能登さんの事を知っていた人がいるとしますと、もしかしたら「また能登キャラか、いい加減聞きあきたわ」という思いを抱く人が中には、いるのかもしれません。
その人が掲示板でもブログでもなんでもいいですが、上記のようなセリフを書いたとすると、それを見た人はどう思うのでしょうか。もしかしたら「見るアニメの期待度を声優で決めたり、声質が変わっただとか演技の幅が広がっただとかそんな事はそのアニメ自体になんの関係もないのに気になったりするみたいだし」と思うかもしれません。こういうことなんじゃないかと。つまり、「他人の批判的なコメントをそんな風に思ってしまうことが」アニメを楽しめなくなっている事なんじゃないかと。

上記事の中で


むしろ声優とか詳しくなるとアニメ自体を楽しめなくなる人が多い気がする
見るアニメの期待度を声優で決めたり、声質が変わっただとか演技の幅が広がっただとか
そんな事はそのアニメ自体になんの関係もないのに気になったりするみたいだし

純粋に作品だけ観るなら声優なんて知らなくていいと思う
所詮、裏方だ

というレスがあります。これを見て「確かにそういう面もある気がする。でもアニメ自体になんの関係もないって言うのは暴論じゃないのかな…」と思う人もいれば、全面的に賛成で、最近声優でしかアニメ選んでないわー、といった考えが浮かぶ人もいるでしょう。後者は多少盲目的になっているんじゃないかと私は思いますが、それが別に悪いことではないと思いますし、捉え方の問題になっていくわけで。つまり本人さんが納得していればそれでいいわけで。
アニメの期待度を声優で決めることは何ら変な事ではないでしょう。好きな声優さんが出るなら喜べますし、好きではない声優さんが出るならその声優さんを中心に議論することができます。「制作は〜かよ!」って思っても、結局その制作を加味してアニメを感じることができるんですから十分プラスだと私は思います。
確かに私も、この制作陣が作ったアニメの出来が自分の中では最低だったので、次回のこの制作陣には期待できない、というのはあります。しかしアニメ自体を楽しめなくなっているか?と聞かれるとそうでもないのかなと思います。結果そのアニメがやはり自分が納得できない内容だったとしても、納得できなかった事に対して考えることができますし、もしかしたら納得できなかった事に対して納得できるかもしれません。
つまりそういうわけで、たとえ批判するにしても確固たる思いを持っているから自分の中では納得しているケースが多いのではないかと。そして、上記事のように「楽しめなくなる人が多いんじゃないかな」と思っている人は、実は他人の批判的なコメントを見ることによって影響されているんじゃないかと。アニメに詳しくなると作品を楽しめなくなるという思想は、他人の批判的なコメントを見ることで形成されるのでは?と私は考えます。
どちらにしても、多角的にアニメを見ることができるのはとても良いことだと私は思います。そして何より、アニメの話を他人とする時(リアルに限らずです)に「より」楽しめるようになります。こういう事を書くと、「結局知ってないとアニメの事について語れないのかよ」と批判が入りそうですが、そもそも知識前提の話し方、書き方をすること自体がおかしいわけで。もちろんお互いがどの程度まで理解しているのか分かっている前提があれば別ですが。