隠れてていいよ

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もっと心に近づきたい――キーストーリー「囚われのマリオネット」初見感想

先日からプロセカをプレイし始めまして、現在はニーゴのシナリオを徐々に読み進めております。

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今回はキーストーリー「囚われのマリオネット」を読了しましたので、初見感想を残しておこうと思います。

「囚われのマリオネット」は、キーストーリー「25時、ナイトコードで。」の続きにあたる部分と捉えています。
タイトルの「囚われのマリオネット」と表題の画像が物語の方向性を物語っているといえるでしょう。読む前からワクワクしていました。


素の雪とは

「25時、ナイトコードで。」ではいったんの解決を見たものの、雪の根本的な解決はまだまだ道半ばという感じですね。
そも、最初から奏の曲ですべてが解決していたのならばとっくに解決していたはずですので、これから奏は、雪の救いとなる曲をひたすらに考え続けて作り続けることになるわけです。
「囚われのマリオネット」では、まさしくその部分、つまり「雪をもっと理解すれば」が掘り下げられる話だったかと思います。


まふゆも、自発的に思ったことをいうようになってくれたのは事実である一方で、ただただ思ったことを言っているだけなので、真意を読み取るのがめちゃくちゃ難しい。


絵名がいう「なんかロボットみたい」という表現は的を射ていると思っていて、まったく読み取れなくはないけれども読み取るのが難しいという感じ。
皆それは感じている一方で、瑞希のいうとおり素が見え始めたのも事実だと感じました。

お手伝いさん!?

望月穂波なる人物が登場。多分他のストーリーでのキーキャラクターとなると思われるのですが、突然の登場すぎて面食らいました。
家事代行のアルバイトについては母の知り合いに勧めてもらったという設定説明がなされていたのですが、現実的には高校生?のアルバイトが自宅に訪問して働くのは相当レアな気がします。

いろんな事情が考慮されたんだろうなという気がする。奏のおばあちゃんが気を利かせてくれた説が一番納得できます。
奏はおそらく家からほぼ出ずに、ひたすら引きこもっているのは周知の事実なのでしょうから、作曲の生産性が上がるという建前で少しでも同年代の子ともコミュニケーションを増やしてあげたいという心があったのはと思います。

なんていうか、困ってる人に喜んでもらえると嬉しいんです。
そのせいでお節介やいてしまう時もあるんですけど……


しかしまぁ、望月穂波さんは完璧超人の匂いがします。
もちろんこの年齢で家事代行サービスをそつなくこなしていること自体がすでにおかしいと思っているのですが、加えて奏の人生相談に真摯に向き合えるなんて。
学生時代って、どちらかというと悩む側の立場だと思っているのですが、達観した考え方を持っていることがすごい。


「周りに迷惑をかけたくなくて、ひとりで悩みを抱え込んでしまう人もいる」という考え方を、相手に説得力を持って話せる境地に達したのは一体いつだっただろうか。
今後、穂波さんのストーリーを読むこともあると思うのですが、その際は彼女の根源というか何が彼女をそこまで押し上げたのかを見ていきたいと思います。
人生2周目設定系なのか、めちゃくちゃ苦労人なのか。

もっと知りたくて

「囚われのマリオネット」のポイントは、まさにここなんだろうなと思います。
OWNのときは、それはそれで感情の吐き出し先として一部機能していたこともあったものが、現在の雪の歌詞からは、雪の意思や考えていることが見えないのだという。



直接雪とはなしても分からない、歌詞からも分からない……悩む奏はそれはそれで頑張れーと応援したいところではあるものの。
そういう意味で、このキャプチャの奏がすごく好きです。心境・表情・ポーズなどすべてが良い感じに感情が乗っている気がする。


奏って、めちゃくちゃ意思が強い子だと思っていて、きちんと行動に起こせるところが好きなところです。
「私はそうあらねばならない」という父親の過去からの強迫観念が後押ししている部分もあるかもしれないのですが、それでも勇気を出すというのはとても力がいると思っていて。
だから、雪に人形展の誘いをきちんと伝えられたシーンは、見ているこっちがドキッとしたし緊張したし同時に勇気をもらえました。

とても強い意思が見える

籠の中


まふゆって、親から色々いわれたときに「そういうふうに言わないでよ!」のような反抗ではなくて「あれ、でも私って何を探してたんだっけ」って悩むじゃないですか。
これってとても深刻で、間違っているかもしれないと思うことすらできなくなっている状態なわけですよね。洗脳というよりは、自身に対してずっと刻み込んできた深い過去の傷のようなもので。

周りの期待に囚われている自分の感情にうまく気づけていないのが苦しいところです。まふゆは真面目すぎるし、真面目すぎるがゆえに雁字搦めになっているように見えるので、辛い。
タイトルにもあるように囚われのマリオネットであることを自覚してから次のステップに進めると思いますが、それが本ストーリーのポイント。

人形展で、糸で吊られているマリオネットを見てひどく動揺し気分が悪くなるまふゆは同族嫌悪を感じてしまったのだろうと咄嗟に思ったのですが、その次の話のタイトルが「同族嫌悪」となっていることからも間違いなさそうでした。
辛いのは、言葉にはできないけれども気持ち悪さを感じてしまったところですよね。無自覚的に囚われているからこそ。まふゆ……(T_T) 的な気持ち。


「悔やむと書いてミライ」の歌詞の「癒えない 見えない傷ほど きっと瘡蓋だって出来やしないと」にあるように、今後解決の兆しが見えたとして、苦しみとはずっと付き合っていかないといけないんだよということが暗示されているようで解決する前から暗い気持ちになるという。

やはり奏なのか

定期的にセカイに来て、奏がミクさんと話していることが分かるのはホッとしました。
また、奏だけじゃなくて絵名や瑞希も一緒に来ていることのほうが多いと知り、まふゆのことをみんな気にかけてくれているんだなぁとじんわりします。

瑞希は、まふゆが親と会話する内容を直接聞いていて価値観の押しつけするタイプであることまでは気づいていますが、まふゆの囚われ度が、自身で気付けないほどきついとまでは思っていなさそうにも見える。
ただ、このあたりは瑞希と絵名のやり取りからすべては察せられない感じもあって、敢えて濁して書いている気はします。このあたりは今後瑞希サイドが描かれることでも分かりそうです。

自分の価値観と他人の価値観について瑞希は悩んでそうな感じがこれまでのストーリーでは描かれているので、そのあたりなにか感じるところがあるのかなと推察しています。


まふゆは、糸で繋がれた人形じゃないから

自分の気持ちが言葉にできない、歌詞にも出来ないなら、マリオネットのことを歌詞にしてみたらどうかという奏の提案はすごいと思いました。
言葉を選ばずいえば、自分を客観視してみたら、みたいな感じなわけなんですけど、それができたらみんな困っていないわけでして。
だから、まふゆが心動かされてしまった、同族嫌悪までしてしまったマリオネットの歌詞を書いたらどうかというわけなんですが、ぱっとその発想が出てくるところが作曲者ゆえなのか。

『ただ、今感じていることを、歌詞にしてほしいの』


当初セカイは、まふゆが逃げ込む場所として描かれていたように思いますが、今となってはまふゆの心の奥底に眠る自分でも気づいていない何かがある場所としても描かれているように思います。それはたとえば「25時、ナイトコードで。」における奏の曲であり、「囚われのマリオネット」におけるマリオネットのことを言っています。



セカイは現実世界ではないので、この世界で起きたことが現実世界にどれほどの影響を与えることになるのかはまだわからないのですが、マリオネットの糸が切られたことは少なからずまふゆには影響を与えていると思うし、実際少しは楽しいと感じてくれたまふゆの顔が見れたのがとても素敵なことだと思いました。

『……同じ気持ちかもしれない。まだ、ちゃんとわからないけど』


そんでそこからのアフターライブは相当良きですね。改めて感情を出しながらまふゆが「悔やむと書いてミライ」を歌うがのが良き。
「25時、ナイトコードで。」におけるそれとは表現が全然違っていたと思っていて、衣装が違うことはもちろんそうではあるのですが、辛いだけではない気持ちを感じることがわたしはできました。

思わずアフターライブでキャプチャした場面。ここ含む前後の部分、最高すぎやしませんか。確実に表現の幅というか質が変わっているように思う。

ジャックポットサッドガール

描き下ろし楽曲であるジャックポットサッドガール。
これが、まふゆが作詞して奏が作曲したものを模しているのかまではわからないのですが、ただ歌詞は間違いなく「囚われのマリオネット」のために書かれているとは感じました。

www.youtube.com


この曲、一番最初はそうでもないかな? みたいな感覚だったのですが聞けば聞くほどスルメ曲のようにハマっています。
また、歌詞を改めて読んで理解しようとしてみて、難しいと感じながらも色々と思うところがあります。

鬱屈し囚われている状態のまま腐っていくのではなく、表現していくことが大事で価値がある、しかしそれが難しいというメッセージ性を感じました。
そもそもとして、その価値というのは探すものではなくすでに自分の中にあった……という今のまふゆのような気持ちも感じることもできてですね。
解釈の幅が非常に広いと感じました。

また、自分の中で抱えながらやっていく孤独も感じ取れるし、それらを理解してくれない者たちへの気持ちも感じるし逆説的にそれらを分かち合える仲間たちの姿も想像ができます。
「囚われのマリオネット」というストーリーはまふゆのストーリーではあるものの、ニーゴ全体へのテーマにもなっていると感じているので、ジャックポットサッドガールにもその気持ちが反映されているように思いました。ほんと、いい曲。

終わりに

全8話なんですが、アフターライブと描き下ろし楽曲も含めて濃すぎませんか。
このレベルのストーリーが毎回供給されると、心が持ちませんね。

さて、次イベントである「KAMIKOU FESTIVAL!」は読了しておりますので、近い内に感想を書きます。
できれば1ストーリーずつ感想を書き終わってからキーストーリーは進めたいのですが、それをやっているといつまで立っても読み終わらなさそうで、ちょっと迷い中です。