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漫画『宝石の国』 宝石とインクルージョンと個性――アイデンティティについて考える

先日、漫画『宝石の国』の6巻を読了し以下の初見感想記事を書きました。
thun2.hatenablog.jp

考えさせられることが多かった6巻ですが「宝石たちのアイデンティティ」というタイトルを付けた通り、何を持って宝石たちがその宝石たるのか、この点が一番気になり考えたいと思いました。

以下ではその点についての考察を記していきます。
少々長くなっていますので、お時間がある時や寝る前なんかにゆっくりと読み進めていただけたらと思います。

なお6巻までのネタバレを含みますので、その点ご注意いただけたらと思います。

あの子たちは宝石で、鉱物で、そして会話をして……

改めて宝石の設定について振り返ってみたいと思います。

登場する宝石たちは、宝石を模しています。そして、宝石を模したあの子たちは「生まれてくる」と説明されています。
先生が言うところによると、南西にある緒の浜にて「おまえたちがうまれた」のだという。

「古代生物が海で朽ち無機物に変わり 長くは数億年地中をさまよった後 うまれる」

漫画『宝石の国』4巻 pp93より引用

ロマンがある出生だなと思います。

彼女たちは鉱物であり宝石であり、お互いを宝石の名前で呼び合います。
そして本作品の世界観では、鉱物は話をすることがある、と語られます。

「先生が仰るには流氷も私たちと同じ鉱物だからかすかにわかるそうだ 正確には言葉のような音を出しているだけで 内容まではわからない

漫画『宝石の国』4巻 pp68より引用


まず考えたいのは、鉱物ならば意思を持ってハッキリと話すことができるかどうかです。
パパラチアやラピス・ラズリ、そして頭部が無くなったフォスが――なぜ会話できないのか、意思が見えないのか――どんな状態なのか考えたいからです。
鉱物であることが会話や意思を持つ前提条件に過ぎないのかを、念のため考えてみたいのです。

鉱物ならば意思を持ってハッキリと話すことができるか

フォスを始めとする宝石たちは、意思を持って話しているように思います。体が削られて記憶が曖昧になることはあるようですがその中間、流氷のように何かしら意図を伝えようとしている状態は宝石には見られません。

先生が仰ることを信じるならば、流氷も「同じ鉱物」だということですが「同じ鉱物」という言葉は結構曖昧だなと思っていまして。

「同じ鉱物」ならば宝石以外も同じように会話ができそうなものですが、作中では意思を持って話しているのは宝石だけだと思われます。
ただ、明示的に描かれていなくても大なり小なり鉱物は「言葉のような音を出してい」る可能性もあるにはあると思います。
冬の時期は冬眠して過ごすぐらいですから宝石たちの活動範囲は狭く、実際話す鉱物もいるけれども単に描かれていないだけ、という考え方です。

ただ、例外中の例外だと推察されるフォスという存在を持ってしても流氷の声をかろうじて聞き取れるレベルであると考えると、会話ができる他の鉱物は存在しないかごく限られた一部のみなのかもしれないと思います。
一部は罪深き者とも呼ばれる流氷がかろうじて聞き取れるレベルである、という点は補強材料だと思っています。

ちなみに鉱物の定義について、ネットで軽く調べてみました。
自分の新鉱物(一覧) » 電子顕微鏡室/Electron Microscope Section

「鉱物」とは自然界に存在する物質のうち「地質作用で生じる、一定の化学組成と結晶構造をもつ固体物質」のことを指す。宇宙が誕生し、星々が作られ、地球が生まれ、大地や海ができて今の姿になる。その過程(地質作用)で生まれた物質が鉱物である。地球に飛来した隕石、月の石、はやぶさが持ち帰った小惑星のかけらも鉱物からできており、鉱物には地球や太陽系だけでなく宇宙の歴史が刻まれていると言えるだろう。

この説明方法、ロマンを感じて良いですね。宝石の国とも通じるところがある気がします。

宝石たちは「言葉のような音」を出すことがあるか

宝石が流氷のように「言葉のような音」を出すことがあるのか、また出せる場合に宝石たちが気づけるのかは少し気になります。
フォスは流氷の言葉を聞き取れましたが、アンタークチサイトは知識としてそれを理解していただけで実体験を伴って無さそうな言い方をしていました。

もしパパラチアやラピス・ラズリが「言葉のような音」を出していたら、フォスならば聞けたりするのかという問いは興味深いのですが、残念ながらパパラチアが起動する直前にフォスも立ち会っているので可能性は低そうです(起動直前はパパラチアが無心だった可能性もゼロではないですが)。

鉱物は言葉を発することができても意思を持った会話となると、宝石とは差があるようです。
逆に宝石は、「言葉のような音」を出すことはなく意思を持って会話をしているとも言えます。

意思を持った会話という点はとても重要だと思っていて、次の考察につながっていきます。

宝石のアイデンティティ

例えば、何を持ってフォスフォフィライトがフォスフォフィライトだと言えるのでしょうか。
手足を失ってもフォスは、仲間からフォスだと認識されています。そして「フォスらしくない」などという形容詞が使われる以上、言動で判断している節があります。

例えばあなたに友だちがいるとして、その友達が「その友達である」と何を持って判断しているでしょうか。
判断も何もその人を見れば分かるという人もいるでしょうし、数年ぶりに会った友人のことが分からなかったという経験を持つ人もいるのではないでしょうか。また、化粧しているとか髪型が変わっているとか、それまで知っていた見た目と違ったことで判断が付かなかった、なんてこともあるかもしれません。

そんな場合も「話せば」それなりに分かるというのが、個人的な経験則です。
人格から変わるレベルで変装ができる人がいれば別ですが、普通の人はそんな能力を備えていないので話せば大体分かります(もちろん、興味のない人は別だと思います。例えば小学生の頃の友達なんかはよほど印象に残っている人以外は見分けられない自信があります)。

何が言いたいかというと宝石たちも我々人間のように、言動から個の判断を行っているかもしれないということです。

宝石の国を初めて読み始めて最初に違和感を感じた、または感じなかったともいえることがあって、それは宝石たちが人間のように生活をしていることなんですよね。

冒頭はフォスが話しかけられるシーンから始まりますが、そもそもそれってなんなの? って思いませんか。宝石なのに、という疑問が出てもおかしくないわけです。
宝石を模した設定だからでしょと言われたらそれまでなのですが、より深い設定をメタ的な設定のなかに巧妙に隠している予感があるのです。

宝石たちが非常に割れやすいという設定は作中初期から描かれ続けていますが、この設定は表面的な設定だと思っていて、本質は内面の、宝石たちの気持ち・心にあるのではと強く思うのです。

なので宝石の気持ちや心は何を持って形作られるのか、ここを考えることが重要だと思うのです。

内包物・微小生物(インクルージョン

「私たちの中には私たちを創ったとされる微小生物が内包物(インクルージョン)として閉じ込められており現在は光を食べ 私たちを動かしてくれています 彼らは私たちが砕け散ってもある程度集まりさえすれば傷口をつなぎ生き返らせるのです」

漫画『宝石の国』1巻 pp33より引用


これは闇医者……名医ルチルさんの1巻での言葉ですが、今思うととても重要なことを言っているなと。

インクルージョンが動力機関だとすれば彼女たちはそれに乗って動くガワにすぎないのか、もしくは、インクルージョンはエネルギーの元でありエネルギーを使って体を動かす部分からが宝石たちの役目なのでしょうか。

インクルージョンはエンジンよりはガソリンというか、インクルージョンそのものが宝石たちを動かしているわけではなく動かすためのエネルギーの元をくれているのか。もしくは、宝石と一体となったものなのか。

何が言いたいかといいますと意思や個性は、インクルージョンそのものなのか、インクルージョンとは別の宝石の部分が持っているものなのか、混ざりあったものなのかという疑問です。

結論としては、宝石を形作る要素としてインクルージョンはかなり重要な部分を占めていると考えています。

例えば別種のインクルージョン同士は仲が悪いと作中の発言にあります。
フォスが脚を失った際及び、カンゴームの左手の接着に対するルチルの言葉です。

「身体の一部を失った場合 微小生物(インクルージョン)が住んでいない同質のもので補います」

漫画『宝石の国』2巻 pp126より引用

「基本インクルージョンは気難しく保守的です 近い性質であっても新素材の受け入れには時間がかかることが多いのです」

漫画『宝石の国』6巻 pp168より引用


パパラチアを助けるためにルチルが苦心している際の以下の言葉も重要です。

「ルビーですね ありがたい パパラチアとは同属です 起動確率が上がり稼働時間も延びるはず」

漫画『宝石の国』5巻 pp16より引用

インクルージョンはあくまで「身体を形作れるか」のみに作用していると考えることができる一方で、身体が形作られるベースとなるインクルージョンは大きな意味を持つような気がするのです。

生まれつき穴が沢山空いているパパラチアは、インクルージョンの絶対量が足りないのではないか。
そして、その不足を補うためにルチルはパパラチアのインクルージョンと干渉しない部品を探し続けているのではないか、と。
パパラチアの身体は一見胸部のみ穴が空いているように見えていますが、元々顔以外の殆どの部位に穴が空いていたのではという推察も可能です。

意思と記憶、そして個性

いろいろ考えてきたことを少し整理します。
宝石は

  • 「古代生物が海で朽ち無機物に変わり 長くは数億年地中をさまよった後 うまれ」る

インクルージョンについて

宝石が意識を持つ(会話をする)ことについて

  • 宝石でなくても、鉱物であれば言葉のようなものを発することがある。ただし、それを言葉として理解できるかどうかは別である(フォスしか明確に描写されていないし、相当に例外であると思われる)
  • 作中で宝石以外に言葉を発した描写があったのは流氷のみ(月人やアドミラビリス(族)は除く)で、「鉱物ならば意思を持ってハッキリと話すことができるかどうか」は明言されていない
  • フォスは手足を失い別の鉱物で修復された後も意識を保ち、周りからはフォスであると認識されている(フォスらしいかどうかは置いておいて)
  • そのフォスも、頭部を失うと意思疎通ができなくなった
  • ラピス・ラズリは頭部のみ保管されており、意識はない
  • パパラチアは頭部こそあるが、身体の多くに穴が空いており、意識がない時間が長い(ルチルの治療によって時折目を覚ます)

以上より、以下の様なことを推察しました。あくまで推察です。

  • インクルージョンが上手く動かないと宝石たちは稼働できない(意識を保てない)
  • 逆に言うとインクルージョンが宝石たちを形作っているとも言える
  • 「上手く動く」ためには「一定量インクルージョンが存在すること」と「インクルージョンが干渉しないこと」が必要である
  • インクルージョンは均一に分散しているわけではなく胸部や、特に頭部の比率が高い
  • ラピス・ラズリは頭部のみ残されているが、それ以外が全て失われているため稼働するための絶対量のインクルージョンを失っている
  • パパラチアの身体は胸部のみ穴が空いているように見えるが、元々顔以外の殆どの部位に穴が空いておりルチルが長い年月をかけて修復している。しかしインクルージョン同士が干渉することで安定して稼働ができない

以上より、インクルージョンが宝石にとって相当に重要だと推察しました。

そしてアイデンティティについて、つまり何があの子たちを宝石たらしめているのかについての結論は
インクルージョンによって稼働している時の個性」
だと考えました。

インクルージョンによって彼女たちが稼働しており生かされていて、稼働している間の個性によって宝石はその宝石だと周りから認識されることができる。
インクルージョンが全てではないものの、インクルージョンをベースに稼働している宝石こそ宝石たる個性なのではと。個性はインクルージョンに宿る、と。

なのでインクルージョンが適合せず一度も意識を持ったことがない宝石は「個の宝石」だと認識されないのではと考えています。
インクルージョンと宝石の体が上手くマッチした時に、初めて宝石という個性が生まれるのではと思うのです。

ちょっとレトリックな感じがしなくはないのですが、自分的にはこういう結論に行き着きました。

では、頭部を付け替えるとどうなるのか

私にとって6巻最大の衝撃はラピス・ラズリの頭部でしたが、この頭部をフォスにつけるとどうなるのかについて最後に考察したいと思います。

これまでの考察をベースにすると、どのインクルージョンが勝つか、ということなんだと思います。
フォスには現在、

が混ざった状態ですが、ラピス・ラズリのインクルージョンが混ざるとどうなるのか。

仮説は、その宝石の元となるインクルージョンが勝つ、だと思っています。フォス本来のインクルージョンのことです。
なのでラピス・ラズリの頭部を付けたとしても、完全なラピス・ラズリになるわけではないと思っています。フォスよりのラピス・ラズリになるのではと。

元のインクルージョンが強いならばフォスが圧倒的に勝つのではという考え方もできますが、フォスは例外中の例外つまり自分以外のインクルージョンと親和性が高いので、ラピス・ラズリのインクルージョンが良い感じに出てきそうな気がするのです。

そういう意味でフォスではない宝石が仮に頭部を失い、他の宝石の頭部をはめようとしたら前提として無理なんだと思います。
異なるインクルージョンが馴染むというフォスの例外中の例外な特徴だからこそ許される、頭部をつけるという選択肢だと思うのです。

故に、フォスのインクルージョンに他インクルージョンが忖度するというか、良い感じに融合してNEWフォスとなって蘇ってしまうような気がするのです。
いや、フォスの性格からすると、フォスのインクルージョンが忖度するのか。

終わりに

長くなりましたが、一旦終わりです。
正解を出したというよりは自分の中で宝石たちの言動について説明をつけたかった、というのがこの考察を行おうと思ったきっかけです。

この考察をもう少し深めるとしたら、人間の意識について考えると良いのかなと思っています。
宝石を模しているけれども人間っぽく話すということは、人間の構造とわざと似せているような設定もあるんじゃないかなという読みですね。

ただそこまでやっていると一向に考察が終わらなかったので、まずは区切りをつけて7巻以降を読み進め始めようと思います。